蒼夏の螺旋 “年の初めの…”
 



常の朝と違い、あまりに静かであまりに明るい周囲であり。
そんなあっけらかんとした気配に、
却って“…おや?”と不審を覚えてしまい。
何にに遠慮をするでなく、
穏やかな眠りについていた意識がどこやらか浮上してくる。
眸を開いたことにさえ気がつかなかったほどの、
静かで安穏とした目覚めの先。
一番最初に目に入ったのは、
大きな障子戸の白いスクリーンへと映った、
笹だろうか庭木の陰である。
雨戸代わりの鎧戸を閉じておれば暗くも出来たらしかったが、
特に起床時間が遅い身でもなし。
そのままにしておいたための、この仄明るさ。
張り替えたばかりらしい純白の障子は、
地の色がほんの少し青みを帯びていて。
時折、あるかなしかの風に揺れてる笹の茂みが揺れる様、
音のない影絵のように映しているのが、
いかにも冬の朝という何とも言えぬ情緒がある。
実際の窓の外は、
黎明どころかすっかりと陽の昇った後の明るみをたたえているらしく。
しかも、

  ――― どささ、と。

無造作に重い荷を床へと降ろすような、
そんな音が少し離れた遠くから聞こえる。
辺りが静かだからこそ届くというような響きであり、
降り積もった雪がその重さに耐え兼ねて、
梢から滑り落ちる時の音だと気がついた。

“………ああ、そうだった。”

障子戸があるというだけでも、自宅の寝室ではないというもの。
柔らかい朝の明るさ、それは静かな空間の中、
ぽかりと目が覚めたそのままに、
しばらくほどじっとしていた彼だったが。

「………。」

どうやったらこういう乗り上げ方が出来るやら。
同じ浴衣姿の誰かさん、
結構な厚みのある自分の胸元の上へ、
背中側をくっつけての仰のけ体勢。
つまりはこちらを敷布団のような扱いにして、
お鏡餅のように乗っかっている。
そんな朝寝の相手へと、
その男臭いお顔に何とも言えぬ苦笑が洩れた、
東京在住、某総合商社 営業企画部の出世頭こと、
ロロノア=ゾロ氏だったりし。

“まあ、それを言ったら…。”

夜中、乗り上げて来たその時に、
全然気がつかなかったらしい自分だってのも、
まま良い勝負なのかもしれないがと。
分別がつくところは一応大人だ。

“………。”

とはいえ。
これでは愛しい君のつむじしか見えないのがつまらなく。
自分よりも二回りほどは十分小さな相手の肢体、
下から“がっし”と抱え込み、
ぱったりと横手へ寝返りを打てば。

「む〜〜〜。」

そぉっとと気遣っても多少は振動が伝わったか、
うにゃぁいとむずがるような声を出したのも一時のこと。
ふかふかと嵩のある羽毛の布団の中へ、
亀の子みたいに首から頭から引っ込めてしまう、少々童顔の寝ぼすけさん。
これが家にいる時であったなら、
先に起きたご亭主がちょいちょいと突々けば、
あ、しまったっなんてノリで、先を越されたなんて勢いで跳ね起きるものが、

“昨夜は温泉のハシゴとかしたからなぁ。”

土産物屋を覗いたり、幾つもある外湯を回ったり。
最上階のラウンジからのパノラマ眺望、
月光に青く染められた雪景の見事さにいつまでも見惚れてしまったり。
旅先だってことで珍しくも夜更かしをしたせいだろう、
まだまだ熟睡モードの奥方の、あどけない寝顔を布団に肘ついて堪能する。

“………。”

暮れと正月というと、今年もやはり結構大きな年越しイベントを任されており、
例年のことながら世間様と同じには休みが取れなかったゾロであり。
自分だけが帰省したって詰まらないからと、
奥方のルフィも、手作りおせちとお雑煮を作っての
東京での年越しに付き合ってくれて。

『この時期は何処に行ったって混んでるだろうしね。』

聞き分けのいい奥方の“にこりんvv”という健気な笑顔にほだされて。
だったら少しずらしてのお休みをと構えたところが、
提携先のお得意様から、結構な温泉旅館へのキャンセルをお譲りいただき。

『わぁ〜〜〜、凄げぇ〜〜〜♪』

ほらゾロ、この旅館、露天風呂から日本海の水平線が眺められんだと。
食事は、一夜干し焼き魚の 炉端風食べ放題バイキングとか、
料亭○○○の“怒涛の日本海、絶品御膳”とかあるんだと。
料理が自慢の宿で、おーべるじゅっていうのか? ふ〜ん。
いろんな温泉にも入り放題だし、凄げぇ凄げぇvv
パンフレットを見てはしゃいでいたそのテンションのまま、
特急列車のあの何とも言えぬ、独特なアナウンスや、
足元がやけに暑い暖房の効いた車内の雰囲気へ、

『こういうの、のすたるじーの匂いってんだよな』

なんかUHFチャンネルの地方CMみたいな響きがあるじゃんかと、
懐かしーなんて やっぱり目一杯はしゃいでた奥方は。

『…ホントはさ、俺にも気ィ遣ってんだもんな。ゾロ。』

本当は塩釜の実家にだって、正月くらいは帰りたいんだろ?
でもサー、戻ったら親戚のおっちゃたちが喧しいもんな〜。
まんだ結婚さ しねだか?って。
おめほどエエ男にカノ女の一人もおらんてか?って。
そういうの言われるのがウザくって、
何より、俺が気にすんじゃないかって思うから。
そんで帰れねぇんだもんな〜。
夕飯についてたお銚子を、目を離した隙に半分ほど空けていたその勢いで、
旦那様のお膝を抱え込んでの“座敷猫”になりつつも、
そんな胸の内まで吐露してくれて。

  「………ば〜か。」

そっちこそ。
酔っ払わなきゃ言い出せないくらい、
胸の奥底にぎゅぎゅうって隠してたくせによ。
そんなにも俺、隠してますって、我慢してますって態度取ってたか?
ホントのホントに、実家なんていつだって帰れるしって思ってんのにな。
あんなに気に病んでたんなら、そうだな。
凄っげぇ季節外れな、盆でも正月でもGWでもない、
ほんっとに何でもない時に一度帰ろうか?
ふやふやな小鼻、くにゅっと摘まんでやりたい衝動を何とか押さえつつ、
大口開いての無警戒、かーかーと寝ている奥方へ、
擽ったげに苦笑いながら、分厚い胸の裡
うちにて囁いて。

「…あ・やっべぇ〜。ルフィ、起きな。」
「はにゃ?」
「朝ご飯のバイキング。
 旬の寒ブリの塩焼きってのが、数量制限かかってんだとよ。」

そうだった、昨夜のうちにお部屋係の人から言われてたんだ。
昨日はシケだったんで水揚げ自体が少なかったんだと。
だから…、

「そりゃ大変だっ!」

そんな一言がこうまで“しゃき〜んっ”と起きられる目覚ましになる辺り、
相変わらずな奥方でもありますが。
今年もどうか、仲良くラブラブなご夫婦でいて下さいませね?




  〜Fine〜  07.1.10.

  *夏の騒動で結構出番はあったお二人でしたが、
   冬場のラブラブを書くならと、またまた出張っていただきました。
   こんな旦那さんはお徳だろうなぁ。
   大きな企画の提携とかの関係で、
   きっと一杯、有名旅館だのホテルだのにも顔が利くんだよ?
   旬の食材とかにも詳しいわ、
   生産者さまに直接掛け合ったコネがあるから、
   もしかしたらば希少品でもお届けしてもらえるわvv

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